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“誰か”の笑顔のために、スキマ時間を価値に変える。今里亮介が描く働き方の再定義

お昼休みの数分が、通勤の数十分が、家事の合間の数時間が、すべて「価値」に変わるとしたら──。

スキマ時間を仕事にあて、今よりちょっとだけ毎日が豊かになる。そのサービスが、近所のアパートやマンションの点検・清掃など、簡単な仕事ができる「エリクラ」です。

生みの親の一人は、リクルート次世代事業開発室の今里亮介。今里は、テレビ局での勤務を経て、2014年にリクルート住まいカンパニーに入社。リクルートの新規事業提案制度Ringにエリクラを応募し、本格事業化に向けて実証実験を行っています。

サービスの根幹にあるのは、「自分が考えた何かで、見知らぬ誰かを笑顔にしたい」という想い。その原点と、エリクラで叶えたい未来を今里に聞きました。

ゼロから舞台を企画。原点は学生時代の文化祭

今里が「見知らぬ誰かを笑顔にしたい」と思いはじめたのは、中学生の頃。当時お笑い番組やバラエティ番組が大好きだった今里は、出演者の個性が輝くことで視聴者の心が明るくなる様子をみる中で、「いつか自分も番組作りを通して、多くの人の感情を動かしたい」と考えるようになりました。

その決め手となったのが、学生時代に文化祭で披露したオリジナルの舞台でした。当時通っていた学校には舞台等の出し物がなかったにもかかわらず、学校側を説得。文化祭の昼休みに体育館を使い、同級生とともに舞台を作り上げていきました。

今里「同じクラスに、頭の回転が早くユーモアにあふれた2人の同級生がいたんです。僕にとっての彼らは、いわば“才能のある人”。2人と話していると、心が明るくなって、ワクワクする。その才能を引き出すような演出をすれば、いろんな人の心を明るくできるかもしれないと考えたんです」

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迎えた当日。舞台は口コミで広まり、全校生徒の8割が観に来るほどの人気に。自分が演出した舞台を観て楽しそうに笑う生徒の姿は、今でも印象に残っていると振り返ります。

今里「これまで僕と接点のなかった人たちが、楽しそうに笑っていて、帰り際に『面白かった』と話してくれました。素直に嬉しかったですね。この経験を通して、多くの人の感情を動かすものを生み出していきたい、絶対にテレビ局に就職するんだと強く思いました」

8年後、今里は晴れてテレビ局に就職します。しかし、入社が決まったのは、志望していた東京に本社のある主要のテレビ局ではなく地方局。配属先は、情報番組やバラエティ番組の制作を担う制作部ではなく、ニュース取材を行う報道部でした。

今里「県内の様々な場所に足を運び、県民にとって必要な情報を届ける仕事は、非常にやりがいがありました。ですが、僕は自分が生み出したものを通して、人が“楽しい”と思える瞬間を作り出したかった。僕がやるべき仕事なのだろうか……という迷いが常にありました。また、地方という限定された場所ではなく、もっと広い場所に展開できるものに関わりたいとも思いはじめたんです」

テレビからの方向転換。インターネットの可能性にかける

その違和感から、今里はあらためて自分が向き合うべきものは何かを考えはじめます。結果、テレビはあくまでも手段であると気づき、より広い視野で自分のやりたいことをなせる場所を探すようになりました。

今里「とくに、この5年〜10年は若い世代のテレビ離れが叫ばれています。今の中高生は、テレビよりもYouTubeなどの動画を観て楽しむ人の方が多い。もしかすると、テレビ以外のメディアやプラットフォームを立ち上げた方が、自分の希望に近いことができるかもしれないと考えました」

そこで彼が目を向けたのが、テクノロジーを用いてメディア領域での事業もおこなうリクルートでした。ただ、今里がとくに注目したのは、新規事業提案制度の「Ring」があったからだと言います。

今里「『ゼクシィ』や『カーセンサー』といったメディア事業もRingから生まれたことは知っていました。その環境を活かして、メディア事業を立ち上げてみたいと思ったんです。リクルートは新規事業を社内から生み出し続ける文化や企業体力もありますし、事業規模も大きい。ここであれば、より多くの人に『楽しい瞬間』を届けられるはずだと感じたんです」

当初は企画職で応募するも、入社後は営業へ配属。ただ、その環境を存分に活かし、着実に事業を作る上での視座を高めていきました。

今里「正直、配属は驚きました(笑)。でも、もともとリクルートには営業に強みがあるというイメージはありましたし、直属の上司に恵まれたのもあり、主体的に仕事と向き合えました。営業の仕事を通して、ビジネスにおける課題解決の仕方やお金の流れを学べるし、事業を作る上でもきっと糧になる。自分のなかですごく納得感を持って取り組んでいきました」

みなし失業者約397万人。クライアントの声から生まれた事業

そこから2年間は、広告営業の仕事に専念。3年目の2016年から、徐々にRingへの応募を意識するようになっていきます。ただ、そこで提案したのは入社当初に思い描いていたメディア事業ではありませんでした。というのも、クライアントと接する中でその考えが徐々に変化していったからだといいます。

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今里「当時僕は、賃貸管理会社の広告営業を担当していました。ただ実際にヒアリングをしていると、集客面ではなく、マンション管理の非効率さや管理を担当する人材に関する悩みが多かったんです。

そのひとつが、『アルバイトさんに車で物件を回ってもらっているんだけど、車のリースや移動のコストがかかってしまう。近所の主婦の方にお願いできたらいいのだけれど……』という声。

このときに、専業主婦である母の顔が浮かんだんです。たしかに、家事や子育てなどの合間の時間を一部使えば、アパートやマンションの点検や掃除も、決して不可能ではないと思ったんです」

そこで今里は、様々なデータを調査してみることに。その中で、意欲はあるものの仕事探しを諦めてしまった「みなし失業者」が全国に約397万人(2015年時点)いることを知りました。

管理会社とみなし失業者をつなぐことで、双方のニーズを満たしたサービスが作れるはず。そう考えた今里がRingに提案したのが、スキマ時間を使った仕事を自分の近所で探せる「エリクラ」のアイデアでした。

思い描いていた夢が叶った。小さいけれど大きな“50”

このアイデアは一次審査を通過。最終審査に向け、実証実験をおこなうことになりました。

そこで今里は、クライアントの賃貸管理会社に協力を依頼。アパートやマンションを清掃する約20分の仕事を作り、報酬をいったん500円にセット。専用のウェブサイトを制作し、使ってくれるユーザーを募りました。

はじめてユーザーの反応と向き合う瞬間。当時、今里は不安も大きかったといいます。

今里「これまで企業側とは丁寧なコミュニケーションを心掛けてお仕事をさせていただいてきましたが、ユーザーさんとは直接接したこともなく、ニーズがあるかどうかは未知数でした。本当に応募が来るのか、仕事内容や値段設定に対してユーザーさんはどんな印象をもつのか、募集をかけてからは期待と不安が入り交じる日々でした」

ふたを開けてみると、2週間で50人が応募。この「50」という数字は、今里にとって、とても大きな意味を持ったものでした。

今里「リクルートの既存のサービスに比べると、50は小さな数字かもしれない。しかし、自分が作ったものに価値があると認めてくれた人が50人もいたという意味で、僕にとってはとても記憶に残る瞬間でした。本当に必要としてくれる人がいる——という実感もあり、ようやく実現したいことに近づけたと思えました」

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その後、実証実験のエリアやユーザー層も徐々に拡大。関東から関西、20代から60代まで、さまざまな地域・世代のユーザーが使ってくれました。この頃から今里は積極的にユーザーインタビューも実施。実際に使っている人がどのようなモチベーションや思いでエリクラを選んでくれているのかという声を集め、サービスへ反映していく日々を送りはじめます。

その中で、とくに印象的だったと振り返るのが、兵庫に住む40代の女性ユーザーです。彼女は交通費が出ないにもかかわらず、わざわざ大阪の仕事を探して利用していました。

今里「なぜ交通費をかけてまで、『エリクラ』を利用するのだろうと不思議に思い、話を聞こうとアポイントを取りました。ですが、当日のキャンセルが相次いで……5回ほど再調整しました」

会う前は、少し不安を感じていたという今里。しかし、実際に会ってみると非常に真面目で仕事ぶりも丁寧、好印象な方だったといいます。彼女が何度も予定をキャンセルした背景には、エリクラにも通じるある事情がありました。

今里「その方は持病があって体調を崩しやすく、仕事の予定を入れても出勤できないことが多いそうです。欠勤すると、体調が悪い中で代理を探さなければいけない。精神的な負担が大きく、当日の判断で出勤できる仕事を常に探しているとお話されていました。

勤務態度もまじめで能力もあるのに、先の予定が組めないという理由で仕事探しをあきらめている人がいる——その方とお会いして、はじめてそのことを知りました。みなし失業者の中には、同じ状況の人も多いのかもしれない。よりエリクラをやるべき理由を感じる大きな気づきになりました」

今里はこの経験をもとに、エリクラを改善。当初は、一週間先の仕事も予約できる仕組みにしていましたが、当日と翌日の仕事に予約範囲を限定。「先の予定が組みにくいけれど働きたい意欲のある人たち」への間口をより広げていきました。

そのほかにも、数々のユーザーの声を反映させたエリクラは、最終選考を通過。事業化に向けた実証実験を継続できることになりました。

型にはめずに、決めつけずに”使ってくれる人”と向き合う

実証実験をはじめて、約1年半。今里はこれまで、できるだけユーザーと対面する機会を作ってきました。ユーザーと向き合う中では、ターゲットが当初想定していたみなし失業者にとどまらないことを実感する場面もあったそうです。

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今里「先日、大学生のユーザーに話を聞きました。彼女は、もともとアルバイトをしていましたが、勤務先が生活圏から離れていたため、通勤に手間を感じて辞めてしまったそうです。そんな時にエリクラを発見。今は、最寄り駅から家に帰る途中で仕事をしていると話してくれました。

それを聞いて、僕も大学時代アルバイトの移動が大変だと思っていたことを思い出しました(笑)。また、エリクラで稼いだお金でアイスを買うんです、と楽しそうに話してくれた方もいて。このサービスを通じて日常の小さな喜びを届けられているのかなと、嬉しくなりました。

エリクラが解決するべき課題は、大きな社会課題でなければいけないわけではありません。いろんな人がもつ大小様々な悩みを解き、幅広い人たちの生活をより良くする力になれればと考えています」

他にも、掃除が趣味で心を落ち着けたい時に利用するユーザーや、散歩のついでに利用するユーザーも。お金だけではなく“体験”として取り入れられていることを感じています。

今里「お金ではなく、様々な使い方を選択できることが価値になっているとも感じています。たった数百円、数千円の仕事かもしれないけれど、人によってその価値はまったく異なる。金銭面に縛られすぎず、誰かにとっての価値作りをしているという意識は、つねに持ち続けていきたいです」

ニーズの幅広さを実感した今里は、その声をサービスに反映させ続けています。以前のエリクラは、当日か翌日の仕事しか探せない仕組みになっていました。しかし最近は、一週間先の仕事の情報を見られるように変更。前日になると応募が解禁される仕組みです。

今里「ユーザーさんの声を聞くほど、改善すべき点が見えてくるんです。この仕組みは、『応募するのは当日がいいけれど、どんな仕事があるのかは事前に知りたい』という声から生まれました。反映させるとすぐに『とても使いやすくなっています』とフィードバックもいただける。こうしたやりとりは、事業を作るやりがいにもつながっています」

他にも特定のユーザーに仕事が偏らないように応募数に制限を設けるなど、日々の改善を続けています。

まじめに取り組んでいる人が報われる仕組みに

今里は今後、エリクラを「頑張った人たちが、適切に評価をされる」サービスにしていきたいと語ります。

note_今里さん

今里「その第一歩として、ユーザーさんの毎回の努力が、“価値”として積み上がる仕組みを作りたいですね。手段は検討中ですが、実現させたいと思っています。

一方で、はじめて仕事をする人や、利用頻度の少ないユーザーさんへの間口も広くしていきたい。バランスは大切ですが、双方が幸せになれるような仕組みを考えているところです」

エリクラを通して、企業に対しても、様々な働き方の理解を深めてもらいたいとも考えています。エリクラのユーザーの仕事ぶりを見て驚く企業も少なくないそうです。

今里「最初は半信半疑でも、実際に仕事を依頼すると、報告書も丁寧だし、管理も行き届いている。ユーザーさんには、指定された仕事以外に率先しておこなったことがあれば報告をしていただくのですが、プラスアルファで作業してくださる方も多いんですよね。10カ所の掃除を依頼されたものの、上乗せして11カ所の掃除をしていたりもする。そういった積み重ねがあり、導入いただいた企業からはとても信頼いただけています。

先々の予定を組む働き方ができなくても、まじめで丁寧に仕事ができる人はたくさんいる。前日や当日に仕事を探して取り組むという新しい働きを社会に提示することで、一人ひとりが自分の価値を発揮して仕事ができる。自らの価値を発揮できていると感じられることが、きっとユーザー自身の笑顔につながると思うんです」

自分が手がけた何かで、見知らぬ誰かを笑顔にしたい。中学時代に描いた夢の実現に向けて、今里は歩み続けます。

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※エリクラは、リクルートの新規事業プログラムを通じて提案されたもので、現在は実証実験の段階にあります。サービスの継続は、一定条件や期間のもと判断されます。


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