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どんなことがあっても笑顔でいれば乗り越えられる。シッティングバレーボールが自分の世界を広げてくれた。

株式会社リクルート 公式note

小学校3年生からバレーボールを始め、高校では強豪校である青森県立弘前工業高等学校で活躍していた、田澤隼さん。19歳のときに事故で右足に障がいを負い、シッティングバレーボールと出会います。

「競技を通して、本当に多くの人とつながりました」と語る田澤さんに、シッティングバレーボールを通じたさまざまな出会いについて、お話を聞きました。

「#2021年の出会い」投稿キャンペーンと連動し、「出会い」をテーマにリクルート所属パラアスリートのインタビューをお届けします。背景にあるのは、「まだ、ここにない、出会い。」というリクルートが大切にしているメッセージ。 “さまざまな事業・サービスを通じて、まだ見ぬ可能性や希望、人や仕事、場所との出会いをお届けできたら”という思いが込められています。厳しいトレーニングやプレッシャー、葛藤を乗り越えて世界を舞台に活躍する選手たちのインタビューを通じて、新しい出会いに向けたきっかけや勇気をお届けできたら幸いです。

田澤選手
田澤隼さん

株式会社リクルート所属 株式会社リクルートオフィスサポート勤務 
田澤隼さん
1993年、青森県出身。株式会社リクルートオフィスサポートで、総務業務を担当。シッティングバレーボール選手(千葉パイレーツ所属)。チームとしては、2019年に「夏パラバレーボール選手権大会」「日本シッティングバレーボール選手権大会」ともに優勝。日本代表では、2017年「アジア・オセアニア シッティングバレーボール選手権大会」5位、2018年に「アジアパラ競技大会」6位、2021年に「東京2020パラリンピック」8位。

シッティングバレーボールは、難しい分、面白さがあった

──シッティングバレーボールを始める前も、バレーボールをプレーしていたそうですね。

田澤:はい。小学校3年生のときにバレーボールを始め、高校3年時には春高バレー(全日本バレーボール高校選手権)に出場しました。高校卒業後も地元の社会人チームでバレボールを続けていました。

──本格的に取り組んでいたのですね。その後、シッティングバレーボールとどのように出会ったのですか。

田澤:高校卒業後、社会人1年目のときに、祖父母の農園の作業を手伝っていたのですが、りんごを運ぶ機械を運転していた際にブレーキがうまく引けなくて、坂から転落してしいました。その瞬間、本能的に「やばいな」と感じました。病院で目が覚めると、右太ももから下を失っていました。

ああ、もうこれではバレーボールはできないなと思ったり、仕事は続けられるだろうかと考えたり、いろいろな不安がよぎりました。でも、義足をつけて動けるようになったので、仕事は続けられることになりました。バレーの方は、入院中にチームメイトがお見舞いに来てくれたので、退院後、練習には参加しやすかったです。ただ、やはり以前のようにプレーすることができないので、ショックは否めませんでした。それ以外の日常生活には困ることもなく、陸上競技やスノーボードなどいろいろなスポーツにも挑戦し、趣味として楽しんでいました。

けがをしてから4年後、たまたま義足で走るという障がい者スポーツのイベントがあったんです。そこで、障がい者スポーツセンターの方から、「シッティングバレーボールという競技があるのですが、やってみませんか」とお誘いいただいて。これが、シッティングバレーボールとの出会いでした。

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──初めてシッティングバレーボールをプレーしたとき、どのような感想を持ちましたか。

田澤:バレーボール自体は、けがをしてからもしていたので、正面から来るボールは取れたんですけれども、やはり座りながら移動するという動き方が頭の中になかったので、非常に難しかったです。

それから、シッティングバレーボールは通常のバレーボールと比べて、いくつかの大きな違いがあるんです。コートの面積は3分の1くらい。ネットの高さも、通常は2メートル43センチ(6人制競技一般男子)ですが、シッティングバレーボールは男子が1メートル15センチ、女子が1メートル5センチです。プレーの内容も、通常はサーブブロックが禁止ですが、シッティングバレーボールでは可能で、それもチームの戦略として組み込まなくてはなりません。ジャンプがない分、高身長の人がそのまま有利になりますし、これは大変だなと思いました。

──ボールの飛距離が通常のバレーボールよりも短いので、展開が速いですよね。

田澤:そうなんです。5メートル以下の距離でボールを思いっきり打つので、動きがすごく速い。海外の選手だと、ボールのスピードが時速80キロを超えることもあるんですよ。日本の選手でも、時速70キロくらいのスパイクを打ちます。しかも床に近いところでプレーをしているので、ボールの往来が激しく、反射神経が試されます。ここが難しいところであり、面白いところでもありますね。

ある先輩選手のチャレンジ精神、真摯な姿勢に刺激を受けた

──シッティングバレーボールと出会って、自分の中で一番大きく変わったのはどんなところですか。

田澤:シッティングバレーボールと出会う前は、障がいを持つ方と関わることがほとんどありませんでした。それがシッティングバレーボールを始めたことで、さまざまな障がいを持つ人とたくさん出会うことができ、自分の世界が広がりましたね。

──シッティングバレーボールを通じた印象深い出会いはありますか。

田澤:初めて日本代表の合宿に呼ばれて参加したとき、よく声をかけてくれたのが、「シッティングバレーボールのレジェンド」と呼ばれる加藤昌彦選手でした。千葉パイレーツというチームに所属していて、昨年の国際大会の代表選手でもあります。

この出会いが衝撃的でした。加藤さんは千葉県で造園業などを営んでいるんですが、片足が義足でも重いものを持ったり、ブルドーザーを操作したりして、体を使った仕事をしているんです。他にも多くのことにチャレンジしていて、シッティングバレーボール以外にも、スカイダイビングや海上スポーツもやっています。そんな加藤さんを見て衝撃を受けて、自分ももっといろいろなことに挑戦してみたいと思いました。

──加藤さんとの出会いによって、心境の変化があったのですね。詳しく教えてください。

田澤:やはり、競技や仕事に対する姿勢に尊敬の念を抱きました。加藤さんは何事にも真摯に向き合うところがあって、競技は全力でやるし、人との関わりでも相手と誠実に接するし、仕事も真剣に取り組んでいる。自分もそういうふうになりたいです。

──すてきな方ですね。田澤さんは数々の国際大会に出場していますが、海外選手との出会いもあるのでしょうか。

田澤:昨年開催された国際大会では、コロナ禍の影響で海外選手とあまり関わることができませんでした。それでも会場内では、一緒に練習してきた選手たちや審判、ボランティアの皆さんから声をかけていただきまして。それがすごく励みになりましたね。たくさんの人に支えられていることを実感しました。

どんなことがあっても、笑顔で向き合っていきたい

──「2021年の出会い」と聞いて、思い浮かべることはありますか。

田澤:2つあり、一つは代表チームに後輩ができたことです。これまでは自分が一番年下だったのですが、自分より年齢が若い選手が入ってきました。プレーの面でも、人間的な面でも、手本とならなければならないと気持ちを引き締めています。

特に、コミュニケーションの部分は難しいと感じています。自分はずっとバレーボールをしてきたので、当たり前になっていることが多々あるのですが、後輩の中にはバレーボール未経験でサッカーをやってきたという人もいるので、かみ砕いて分かりやすく伝えなければなりません。まさに今、試行錯誤しているところです。

もう一つは、2021年10月に、担当業務が変わったことです。以前は、他部署の方と関わることがほとんどなかったのですが、さまざまな部署の方と接するようになりました。本当に毎日が新しい出会いの連続です。皆さん、いつも声をかけてくださって、楽しく過ごしています。

──今後、挑戦してみたいことはありますか。

田澤:昨年の国際大会を通して、国内では障がい者スポーツの認知が広がったと思います。今後は、さらに障がい者スポーツを知っていただけるような活動をしたいです。SNSや動画、リクルートが主催する体験会などを通じて、シッティングバレーボールの楽しさを広めていければと思います。

──ぜひ実現していただきたいです。プライベートでやってみたいことはありますか。

田澤:今年5月に開催される「夏パラバレーボール選手権大会」に向けて気持ちを切り替えていますし、2024年のパリ大会まで3年間しかありませんので、プライベートの目標はじっくり考えられていないのが正直なところです。ただ、できるならば一度ゆっくり休みたい(笑)。それから、シッティングバレーボール以外の障がい者スポーツを体験してみたいです。特に、幼少期から好きだったバドミントンはやってみたいですね。

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──今回のインタビューで、ずっと笑顔でお話ししてくださいましたが、まさに田澤さんの座右の銘は「笑う門には福来たる」だそうですね。

田澤:これまでいろいろなことがありましたが、悲しんでも仕方ないですし、笑っているといいことがあると思っているんです。性格的にも、落ち込まないタイプなんでしょうね。ポジティブであれば、なんとかなると思って生きています(笑)。

──これから一歩踏み出そうとしている人や読者の方、応援してくれている方々へ向けて、メッセージをお願いします。

田澤:けがをしてから、日々たくさんのことにチャレンジしてきて、それらを通して多くの出会いがありました。その分、自分の世界も広がります。皆さんもいろいろなことにチャレンジしてみてください!


※肩書、担当業務などは取材当時(2022年1月)のものです。

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